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怪童大童山文五郎は長瀞生まれ
天明八年(1788)二月十五日、出羽国村山郡長瀞村北の宿、熊野堂前の百姓、武左衛門の子として生まれ、名を文五郎という。 生後一年ニヶ月で拾貫(37.5キロ)少し大げさとしても、いかに大きな赤ん坊であったことかが、うかがわれる。 寛政六年十一月(1794)江戸場所に「張出前頭」としてデビューしたのが当時七才、いまの六才である怪力大童山文五郎であった。 その時の体は、身長三尺九寸七分(120センチ)、体重十九貫(71キロ)、腹三尺六寸(109センチ回り)と錦絵に記されている。 大童山の名はたちまちに話題となり、相撲の人気も高まったことは言うまでもない。


写楽の浮世絵
特に絵師の写楽、春央、春山、歌磨、長喜一九等高名な人々が争って大童山を筆にしたことも評判に拍車をかけた一因であり、ちなみに写 楽は謎の浮き世絵師として世界中をさわがせているが、少年力士大童山を四点描いている。